2013年04月17日

演出家フランチェスコ・ミケーリ氏インタビュー



フェニーチェ歌劇場来日公演《オテロ》の演出家フランチェスコ・ミケーリ氏に大阪でインタビューをしました。今日はその内容をご紹介します。



ミケーリ氏はベルガモ出身。ミラノで大学の勉強と平行してパオロ・グラッシ演劇学校で学び、イタリア内外で数多くオペラの演出をしています。2011年夏アレーナ・ディ・ヴェローナでグノーの《ロメオとジュリエット》を演出し大評判となり、フェニーチェ歌劇場でも同年にプッチーニ《ラ・ボエーム》の新演出を手がけ成功をおさめました。昨年11月には来日公演演目の《オテロ》の演出でフェニーチェ歌劇場の今シーズンを開幕。ミケーリ氏は現代オペラの初演や子供達にオペラを親しんでもらう目的のオペラ公演の台本執筆や演出も数多く手がけ、またスカイTVでオペラ番組の司会もしています。昨年から伝統あるマチェラータの夏の野外オペラ祭の芸術監督に就任し、ますます活躍の場を広げています。




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フランチェスコ・ミケーリ氏






Q:今回初来日ですが、前から日本に来るのが夢だったそうですね?

A:嬉しくて死にそうなくらいです。もともと日本の歴史が好きで、東洋と西洋の歴史の違いに大きな興味を持っていました。長年のうちに集めた様々な情報から夢が膨らんでいたのでやっと来日がかなった、という気持ちです。



Q:特にどの面にご興味があるのですか?文化一般ですか、美術的なこと、そして勿論演劇も?

A:いまおっしゃったことは全部興味があります。劇場人としての私の偉大な師はミラノの演劇学校で教わった井田邦明教授でした。日本の伝統芸能についても教わりました。それから私はフランスでジャック・ルコックにも師事しました。ルコックも東洋の演劇から強い影響を受けています。彼らはそれぞれの人種が持っている文化の違いを尊重することを教えてくれました。私がこの仕事をする真の理由は人々と出会い対話することにあるので、日本のようにイタリアと違う文化を持つ国を訪問することには強い興味があった訳です。長く待ったのは仕事として来たかったからで、私が思うのに相手を知るのにはそれが最良の方法です。



Q:今回の《オテロ》の演出にあるオテロを苦しめる黒子のような姿をした役者達、彼らは舞台にある巨大なボックスを回す演技もしますが、あのような表現は日本の影響なんですか?

A:まさにそうです。でも黒子達だけではありません。私は作品を作る時に、その土地の観客に関係のある要素を取り込むようにしています。ですからこの《オテロ》の演出はヴェネツィア色がもっとも強烈に出ていますが、それに加えて日本についての言及もあるのです。ヴェネツィアに関しては数少ないけれどもとてもはっきりした引用があります。物と物の間隔を埋める水、そして海。海を反映した空…



Q:時代設定はどう決めたのですか?

A:時代は19世紀末、つまりヴェルディがこのオペラを作曲した時代です。それは同時にイタリアという国が本当に生まれた時代でもあります。イタリアという国が建国され、『イタリア人』という概念もそこで生まれたわけです。衣裳も当時の軍服のスタイルです。それからこれは私に個人的な関わりもある部分なのですが、1943年にヴィットーリオ・エマヌエーレ三世がローマから逃走した時に伯父がその護衛隊長だったのです。当時伯父は23歳でした。民を治める立場にあった者が自身を見失う場面に伯父は立ち会った訳です。オテロはキプロス島で司令官の立場にあり、物語の冒頭に嵐の中で船が難破しそうになったのと同様、彼は自分自身のコントロールを失い彼の人生は難破してしまう訳です。

イタリアの海軍は他の軍隊と比べてもプロトコルを遵守することを最も厳しく要求します。海は危険で船は狭く、海軍兵達は精神的にもお互いがとても近いところにいなくてはいけない。部下は上官に完全な服従を誓わなくてはなりません。《オテロ》は服従と忠誠を否定されてしまった悲劇なのです。




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フェニーチェ歌劇場での《オテロ》上演 写真:Michele Crosera



Q:《オテロ》の舞台を特徴づけるのはとても美しい星座絵です。なぜこの選択をなさったのですか?

A:ヴェネツィア支配下にあったキプロス島ということで、海の上にある島の不安定さからでしょうか、人々は天を見て自らの運命を占います。《オテロ》の台本の中には天、星、海に関する言及がとても多いのです。デズデーモナが悪い星の下に生まれた、という表現もあります。星座絵の中ではオテロは獅子座、ヤーゴは海蛇座、そしてデズデーモナはプレアデス星団(昴)、プレアデスはシェイクスピアの時代であるルネッサンスには大変魅力のある星団として考えられ、天使の姿で描かれていました。同時にデズデーモナは美の女神である金星にも関わっています。第一幕最後の二重唱でオテロが「金星(ヴィーナス)が輝く…」と歌いますよね。それは彼女の外面と内面の美しさです。



Q:ボックスが回るのは運命を動かしているように感じます。

A:そうです。あのボックスの中はオテロの内密な空間になり、夫婦の対話、もしくは対立が表現されたり、オテロが周りの人全ての中心に位置しているという物語の構造も表しています。この立方体(キューブ)は孤独を表すと同時に、その回転はダイスを投げる、と言うように運を天に任せる私たちの人生を表現しているのです。



Q:今回の来日公演のプログラムに掲載されているあなたの記事にはシェイクスピア原作との比較が多く語られています。ヤーゴの不思議な嫉妬の正体についても。シェイクスピアとヴェルディ&ボーイトの《オテロ》の違いについてはどうですか?

A:違いはありますね。特にボーイトはスカピリアトゥーラ(蓬髪主義)という、当時のイタリアで古い物を否定し、打ち壊したいという若い世代の運動を代表する人物でした。祖国、家族などの価値だけでは飽き足らず、先験的に破壊の欲求を持っていた。その気運が「ラ・ボエーム」のような若者達に繋がっていく訳ですが、旧体制の価値を否定し破壊するのは自分の居場所を確保するためでもあるのです。そこにはヤーゴのような憎しみはありませんでしたが。これが19世紀末の心理的、内面的な世界であったのですが、シェイクスピアの天才はそれに近い世界を予言していたのですね。人間の内面は宇宙のように広大で、光と闇で出来ています。ヴェルディはボーイトと一緒にシェイクスピアの第一幕にあたるヴェネツィアでの場面を完全にカットしました。ヴェネツィア総督等が出てくる政治的な事情を語るこの幕が無いため、物語はずっと内面表現の、心理劇の様相を呈してきます。ヴェルディは19世紀的なロマン派表現、祖国愛などを代表する作曲家だったのに、若いボーイトの資質を吸収し新しい芸術に到達した。そういう意味でこの《オテロ》の中の最高の瞬間の一つは第三幕の絶望したオテロが語る「神よ!貴方は私に不幸と恥辱の全てを…Dio mi potevi scagliar tutti i mali」だと思います。

劇場人であるヴェルディは、かつて自分の芸術に反対する記事を書いていたボーイトという男からの影響を進んで受け入れ、このような新しい作品を書いたのです。私はヴェルディの芸術に対してだけではなく、彼の人間性に対する大きな尊敬の念を抱いています。ヴェルディは自分自身を否定することを恐れなかった。音楽的にもボーイトはワーグナーの影響を受けた作曲家であり、この《オテロ》の中にある半音階主義的動きはヴェルディがワーグナー革命を吸収し昇華したことを示しています。



Q:そのような精神はイタリア人のスピリットとして今も受け継がれているように思いますがいかがですか?

A:確かにそうですね。私たちはグループで仕事をする能力があるけれど、それは日本人にも同じ能力があると感じます。違いは日本人はグループの力が全体で一つになる印象を与えるのに対し、私たちはばらばらのままでグループを形成している、ということです。これは時には摩擦を生んで様々な問題を起こす時もありますが(笑)、それぞれの個性を生かしながら一体となり得た時にはイタリアの天才的な部分を表現することが出来るのです。個性を保ちながら全体に対して貢献する。それはまさに歌手、役者、合唱団、オーケストラ、舞台美術、照明などの様々な要素で成り立っているオペラという芸術の世界なのかもしれません。



Q:大変興味深いお話、どうもありがとうございました。








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ミケーリ氏。大阪の初日後の夕食会にて。


posted by フェニーチェ2013 at 12:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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